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「将来は悩む物」新卒3ヶ月で転職してから1年経った話

その他

マイペースに更新させてもらってます、あだっちです。

今回は僕が転職してから一年経った体験について書いていこうと思います。

僕は1年前の7月に退職し、9月に関東に引っ越しして転職しました。
この記事では転職した理由、自分が転職するまでに感じた事を記事にしていこうと思います。

今回の記事は自己満足記事ですが、就職活動中の学生や、夢を持って突き進んでいる方に読んで欲しいなと思い書いております。

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就職活動


時は遡り大学生の頃。
僕は地元青森の工業系の大学に進学し、アルバイトに明け暮れながら勉学に勤しんでいました。(勤しんではいない)
そして、時期は就活に差し掛かり就活に関する講義やセミナー等が大学側で開催される様になりました。
僕は就職活動って何をすれば良いかもわからないし、その時にやりたいと思える事がなく真面目に就職活動は行っていませんでした。

元々、大学に進学した理由は進学時に見ていたドラマの「ブラッディ・マンデイ」に影響されてプログラミングをするような仕事をして見たい。
プログラミングをする仕事→エンジニア→SEのような流れでSEを目指して大学入学を志ました。

自分が本当になりたかったものとは?

就職活動をする時に思った事があります。

自分が一体何になりたいのか?と。
前述している通りなら僕はSEになりたり…はずでした。

と言うのもSEになりたいというのは大学に入学するための「上部のなりたいもの」でした。

もちろんその当時の本当のなりたい物でしたが、大学の講義を受けてSEがどんな仕事をするか考えた時に自分にはやれないと諦めてしまったのです。

では僕が本当になりたかったものとは?

揺れ動く進路


そんな自分にも密かにやりたい仕事が出来ていました。

それは大学2年生の時に友人に誘われて始めたアパレルのバイトです。

僕は正直、オシャレではありませんでした。

ですが、興味はありました。

大学では毎日私服なのど人一倍気を使っていましたし(金銭的に無理のない範囲で)、ヘアセットなども含めた身だしなみは欠かす事なく毎日行なっていました。

アパレルのバイトも大学卒業間近の4年生までしていました。

自分の中でこの仕事がいいんじゃないのか?と考えるようになったのも、そんなに遅くはありませんでした。
ですが、アパレル業界について調べるうちに人生にするべき仕事ではないのかなと思いました。
アパレルは将来性が薄いとされています。
賃金は労働時間に対して少なく、昇給も僅か、年齢が上がれば上がるほど働き続けるのは難しいとされているとう事を調べて知りました。

今でこそ「そんなの関係ねぇ!」と思っていますが、学生の時は腹も括り切れず悩んでいました。

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営業職で地元に就職…


大学を卒業すると言う事はやりたい事がなくとも就職を余儀無くされる事を意味していました。
僕は、大学が斡旋してくれた企業を受けながら自分が少しでもやりたいと思える仕事を探しました。

ですが、そんな取って付けた様な「やりたい事」では面接官にも見抜かれ簡単に落とされてしまいました。

そこで僕は大学が斡旋してくれた企業の面接を受け続けましたが、そんな中でも面接はうまくいきませんでした。
内定を貰っていない人達は教員と集まり対策を講じるためにしばしば集まる事がありました。

そこで、地元の営業職で募集が来ている事を教員から聞き、営業の様に人と話す事がメインの仕事ならアルバイトでの経験が活かせるのではないかと思い、地元の営業職に面接にいきました。

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地獄だと感じた新卒3ヶ月


無事、地元の営業職から内定を貰い自分も晴れて社会人の仲間入りを果たした。

なんだかんだギリギリでありながらも卒業もする事が出来ました。笑

そして期待と希望に満ち溢れた社会人生活が自分を待っていると思いました。
ですが、現実は違いました。

お前は人間じゃない


僕が入社して1ヶ月も経たない間に先輩に言われた一言です。

先輩と言っても年齢は上の上。
40代も終盤の方です。

もちろん唐突に言われた訳ではありません。
簡単に説明すると、自分が招いた結果の一部とも言えます。

営業の仕事なので、先輩社員の方達と一緒にお客様の所へ向かい勉強していく事が最初の1ヶ月でした。
僕はお客様への同行中にあろうことか、先輩の運転している横で居眠りをしていたのです。

こればかりは弁解のしようがなく僕が悪いです、反省もしています。。

他にも大学時代に免許は持っていたものの自分の車を所有していなかったので運転経験も足りず、そう言った事でこう言われました。

「君は仕事を始めて社会人になったつもりかもしれないけど、俺からしたらまだ社会人じゃない。なんなら人間だなんて認めてないから」

流石にその場で泣き崩れたのを今でも覚えています。

その日は涙を拭い、自分が悪いのだからしょうがないと言い聞かせて退社しました。
翌日出勤した時に年齢の近い先輩が声をかけてくださり、「昨日の話を耳に挟んだんだけどどうかしたのか?」と。

内容としては僕が泣いて退勤した事を聞いた様で、なぜ僕が泣きながら退勤したかは知らなかった様で心配して訪ねてくれたのでした。
僕は、自分が悪いと思っていたので「大丈夫です、居眠りしていたのを怒られてしまって泣いてしまったんです」と説明しました。

今思えば、この時に自分が助けてと言えれば良かったのかな?とも思いました。

募る不安


社会人も1ヶ月が過ぎ、GWに入りました。
会社もカレンダー通りのお休みなので、GWは友達を誘って弘前の桜祭りを見に行きました。


日々続く業務は覚えることも沢山あり、嵐の様に過ぎ去りました。
営業は人それぞれやり方が異なり、やり方が違う事でお客様のタイプも違いました。

お客様それぞれの対応方法を見たり、一緒に昼食を取りながら会話をしたり移動時間にコミニュケーションをとるうちに会社の人と関わる事を楽しく感じる様になりました。

しかし、そう感じる一方で苦手だと感じていた人が自分にとって害だと感じる様にもなっていきました。

先輩と同行ばかりするだけではなく、新規周りという取引のない方を訪問する業務もする様になりました。
いくら接客業で人と話すことに慣れていたとはいえ、目的がある人にこちらからアピールすのならまだしも、こちらから話を聞いてもらうという話術は接客経験をしていた自分でも難しいことでした。

そして終業時刻。
私は帰れませんでした。

なぜだか分かりませんが終業してからの30分で営業トークの練習をすることになったのです。

ですが、練習と名ばかりで自分にとっては地獄でした。
勤務時間外なので賃金も発生しない、練習のはずなのに話を一切進展させてくれない、営業初心者も関係なく会話は詰められていき、しまいには30分を過ぎることもありました。

正直、自分の中でも限界でした。

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運命の分かれ道だったかもしれない


そんなストレスの日々の中でも変わらない物がありました。

アパレルへ業界への気持ちです。

もともと営業職に内定を決めた時にはお金を貯めてアパレルに挑もうと思っていました。
しかし、ストレスに押し潰されそうになる中でこんなにストレスを抱えるくらいなら多少無理してでも自分が進みたい方向に向かうべきではないのか?と考える様になりました。

そして、辞める覚悟を決めて自分の面倒を見てくれている先輩に相談しました。

自分はもともとアパレルに挑戦しようと思ってたこと、会社に対して思っていたこと、自分の考えの全てを伝えました。

正直、その方がいなかったら今の自分もいなかったと思います。

そして、その人の助力もあり相談した翌月には退社する事になりました。

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将来とは悩み、迷う物


これが僕が転職するまでに至った経緯です。
最初に就職した会社に対して不満を感じた事がキッカケでしたが、それがなければ自分がアパレルの道に覚悟を決める事が出来なかったのかなとも思います。

自分の経験を踏まえて、学生や夢がある人に言いたい事があります。

やりたい事があるなら諦めないでほしい!

社会に出てやりたい事を探すことの難しさ、やりたい事を仕事にする事の難しさを知りました。

前述している通り、僕はやりたい事がなかった人間です。
やりたい事を見つけても、怖くて踏み出せなかった人間です。

でも、いざ自分が追い詰められたら腹括れるんです。

僕がいい例です。

やりたい事がない事が悪いなんてことありません。
世の中って思ってる以上に「やりたい事」を持ってる人の方がいません。

だからこそ、「やりたい事」があるなら諦めるのが勿体無いです。

人生って一回なのに妥協しちゃうなんて勿体無いですよ?

やりたい事がないならしょうがないと思います。
無理にやりたい事を見つけようとして探すのも違うと思うし、やりたい事を持ってる人と自分を比べて劣等感を感じるのも違うと思います。

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始めてみてから知ることもある


僕は就職を「やりたい事がなくとも就職を余儀無くされる」と表現しました。

ですが、それは偏見でもありました。

それは興味がなくても「始めてみれば楽しいと思える」事もあるという事です。

僕は営業職を接客業の延長だと考え、人と話す事が好きという気持ちがあれば仕事に対して前向きな気持ちで取り組む事が出来るのではないかと考えて営業職を選びました。

実際、仕事は楽しかったと感じていました。

初めて注文が取れた時や、自分が訪問をしてくれた事を覚えてくれる人、自分の営業活動がお客さんに繋がった時。
些細な事がやり甲斐に繋がる嬉しさを感じました。

もちろん心無い言葉をかける人や、他と取引をしてるからごめんねと言われる事もありました。

「やりたい」と言う気持ちで始めた仕事ではありませんでしたが、始めて見たからこそ「やりたい」とも思えました。

世の中は自分が思っていたより広く、つまらなくなんかないんだと知りました。

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最後に


正直、こんなに偉そうなことを言える程立派じゃありません。

言ってしまえば社会人を3ヶ月で挫折した人間の戯言です。

けど、自分の中で後悔してる内容は一つもありません。
卒業のタイミングでアパレルへ挑戦しなかった事、前の会社を選んだ事、3ヶ月で転職した事の全てにです。

どれも今の自分を作る為に必要な事だったからです。

考え方によっては前の会社を選んだから出会えた人がいて、会社を辞めたいと思ったお陰でアパレルに挑む決心ができて、営業を経験したからこそ仕事を好きだと思えました。

ある意味必然で、自分に必要な事であると確信しています。

だから、「やりたい事がある人」でも「やりたい事がない人」でもなんでも前向きに取り組む気持ちを持って欲しいです。

この記事を更新したお陰で自分の気持ちをまた再確認する事ができました。

ご拝読、ありがとうございます。

これを読んだ方が自分の人生に何かを感じて頂けれたら幸いです。

コメント

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